核酸の効果とは
最近の研究から、核酸栄養でパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経疾患の発症に対する予防効果が期待されることがわかってきました。イノシンはアデノ
シンの分解過程で生じたり、プリン塩基の合成過程でつくられるイノシン酸からリン酸が外れたヌクレオシドです(前回の“核酸栄養の話”でお話しましたよね)。
このイノシンによるパーキンソン病の進行緩和効果の臨床試験が米国で2016年から始められていて、2018年春現在、日本でもその準備のため安全性を確認する試
験が進められています。それではなぜこのような臨床試験が進められるようになったのでしょうか。その理由は疫学研究の報告にあります。疫学研究とは、ヒト
の集団を対象として疾病の発症の原因や予防法などを研究するもので、様々な生活習慣と病気のかかりやすさとの関係などが統計学的な方法で調査されます。こ
のような疫学研究において、パーキンソン病の患者さんの血液中の尿酸濃度が低いということがわかりました(同様の尿酸濃度との関係は、ALS(筋萎縮性側索硬
化症)とアルツハイマー病でも報告されているようです)。イノシンは体内で尿酸に分解されることから、イノシンの投与がパーキンソン病の進行を遅らせるのではない
かと考え、この臨床試験が進められています。
では、この核酸の分解で作られる尿酸の効果とはどのようなものなのでしょうか? 尿酸は痛風の原因物質とされていて、最近では尿酸の素となるプリン体 を除いたアルコール飲料が宣伝されていますよね。このような悪玉と考えられる尿酸がからだに良い効果をもたらすというのは本当なのでしょうか?
しかし、抗酸化能を持つ物質としては、既にビタミンCやビタミンE、お茶に含まれるカテキンなどがよく知られていますよね。でも、尿酸にはこれらの抗酸化物質 とは異なるはたらきがありそうです。それは尿酸がつくられる過程にあります。核酸を構成しているヌクレオチドのうちプリン環を持つアデニンヌクレオチド やグアニンヌクレオチドはその分解過程でキサンチンという物質になりますが、さらにキサンチンを尿酸にする酵素のはたらきにより尿酸はつくられます。この尿酸 をつくる酵素であるキサンチン酸化還元酵素には2つの型(キサンチン脱水素酵素とキサンチン酸化酵素)があるのですが、傷害のある組織(虚血状態)ではキサンチン 酸化酵素が働き、このとき活性酸素の1つであるスーパーオキシドがつくられます。この尿酸がつくられるときに生じるスーパーオキシドは有害性の高い物質でわた したちの身体に傷害を与えると考えられていますが、抗酸化酵素であるスーパオキシドジスムターゼという酵素により水と酸素に分解されます。
最近、興味深いことに、このスーパーオキシドが抗酸化酵素の遺伝子の働きを高めることが分かりました。ちょっと難しい話になりますが、抗酸化酵素の遺伝子の働 きを調節する因子としてNrf2という転写因子があります(転写因子など難しいことに関しては “超基本的なこと”を読んで確認してください)。通常この因子は細胞 質に存在しているのですが、細胞質でスーパーオキシドなどの活性酸素が発生すると、この活性酸素とNrf2は反応して構造が変化することで細胞質から核内に移行し 抗酸化酵素の遺伝子の転写を促進し、抗酸化酵素をつくるそうです。前に尿酸が作られるときにスーパーオキサイドが発生すると説明しましたが、この尿酸合成で発 生するスーパーオキシドもNrf2に作用して抗酸化酵素の働きを高めているかもしれません。実際、御手洗先生のグループの研究では、ねずみに核酸を摂取させるとス ーパーオキシドジスムターゼとカタラーゼという抗酸化酵素の働きが高まることが報告されています。御手洗先生のグループはこのときの老齢ねずみを観察し、核酸 を与えなかったねずみに比べ学習能力が高く維持されていたことも報告しています。さらに興味深いのは、魚の研究においても核酸を摂取させると抗酸化酵素の働き が高まることが確かめられていることです。このことから、生物が進化の過程で食料として核酸を摂取し始めた時、その分解過程で生じる活性酸素を有効利用して抗酸 化酵素の働きを高めることで様々な酸化ストレスに対抗する戦略を手に入れたのではということが考えられます。核酸(プリン体)から尿酸がつくられるときに生じ る活性酸素が転写因子Nrf2を介して抗酸化酵素の働を高める可能性についてはさらなる研究が必要です。もう一つ、Nrf2に関して興味のあるのは、Kobayashi先生らが Nrf2には炎症を抑える働きのあることを明らかにしていることです。炎症は過剰な免疫反応によって起ります。Nrf2を介した核酸の抗炎症効果というものもこれから の研究課題かもしれません。
以上の話をまとめると、核酸には単に尿酸という抗酸化物質を作るという効果だけでなく、抗酸化酵素の働きを高めるという点で、よく知られているビタミンやカテキ ン等の抗酸化物質とは異なる効果が期待されるかもしれないということです。
核酸には抗酸化能とは別にもう一つの効果が昔から知られています。その効果とは免疫力を高めるということです。免疫は様々な病原体から私たちのからだを守る大 切な防御機能です。この免疫には主に細菌感染と戦う液性免疫(抗体産生細胞がつくる抗体と好中球が活躍)とウイルス感染と戦う細胞性免疫(細胞傷害性T細胞が活 躍)とがあります。また、マクロファージとNK細胞という免疫系の細胞の活躍により侵入者や感染してしまった細胞を非特異的に攻撃する自然免疫もあります。核酸 栄養と免疫に関するねずみを用いた研究が1980〜1990年代に数多く報告されました。これらの研究では、核酸を添加した餌をねずみに与えたり、核酸をお腹に注射し たりします。通常の餌または核酸欠乏食を与えたねずみに黄色ブドウ球菌などの菌を注射して感染させると血液に菌が入り込んで敗血症を起こして死亡してしまいま す。この死亡率が核酸を摂取することで低下することが報告されています。核酸を摂取することで細菌感染に対する抵抗力が高まることが推察されるというわけです。 さらにワクチンあるいは病原体をねずみに接種してその抗体の産生を調べてみると、核酸摂取により抗体の産生能が高まることも報告されています。
世界中で貧困に苦しむ子供達の命を救うためにワクチンの接種を支援する取り組みが行われていますが、栄養状態の悪化した環境ではワクチンを接種してもなかなかそ
の効果(抗体の産生)が現れないことがねずみの実験で報告されています。このような支援ではワクチンと同時に核酸を与えることがもしかしたら有効かも知れません
ね。さらにこれは核酸栄養の不利な例だと思いますが、腎臓移植患者では、核酸栄養は拒絶反応をより強く起こす、栄養剤に核酸を添加しないほうが拒絶反応の低いと
いうことも報告されているようです。
免疫力が高まることはからだに良いことと思われがちですが、過剰な免疫反応は炎症やアレルギーなどにつながり必ずしもいいことではありません。核酸の抗酸化能力の
ところでお話しましたが、核酸の分解過程で機能が高まるかもしれない転写因子Nrf2に抗炎症作用が報告されたことは、核酸には単に免疫力を高めるだけでなく過剰な反応
を防ぐ、免疫に対しアクセルとブレーキの両方の機能性を示すことが期待され、その研究が望まれます。
疫学研究で核酸の分解物である尿酸にパーキンソン病の予防効果があるかもしれないというお話をしましたが、以下に尿酸の効果を検証した動物実験で最近のもの2つを紹介します。
パーキンソン病様の病態を引き起こす神経毒に1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP)という物質があります。この物質はある麻薬中毒患者が麻薬を合成しようと
したとき偶然に不純物としてつくられたもので、この中毒患者にパーキンソン病様の病態を起こしたことで知られるようになりました。MPTPは実験動物に投与すると酸化スト
レス(MPTPはミトコンドリアの膜電位を下げる)を介して脳の黒質にあるドーパミン神経を破壊することでパーキンソン病様の症状を起こすこと考えられています。Biらはマウ
スにMPTPを投与してパーキンソン病モデルをつくりました。このとき尿酸をマウスに与えておくとMPTPによるドーパミン神経の細胞死を防ぐことができることを明らかにしま
した。MPTPを与えるとドーパミン神経細胞にはp53という転写因子の活性化と尿酸トランスポーターGlut9の増加が見られました。Glut9の増加により神経細胞に取り込まれる
尿酸の量が増加し、この尿酸による抗酸化能が増加することでMPTPの毒性が抑えられたと考えられました。このとき尿酸分解酵素である尿酸酸化酵素を欠損した特殊なマウスがつかわれま
した。ヒトを除く多くの哺乳類は尿酸を分解することができるので核酸や尿酸の効果を研究するには分解酵素の阻害剤を投与したりこのような特殊なマウスを用いてヒトと同
じように尿酸が分解されないように配慮する必要があります。
(Bi et al. Front. Mol. Neurosci. 11:21, 2018.)
Baoらは培養したマクロファージを使った実験で、培養液に尿酸を加えるとLPS刺激によるマクロファージからの一酸化窒素(活性酸素の1つ)、サイトカインと呼ばれる物質の
仲間であるTNF-α、PGE2、IL1-βの放出と、iNOS(一酸化窒素
をつくる酵素)の発現が抑制されることを報告しました。LPSは細菌の細胞表面に存在する物質で免疫細胞を活性化する働きがあります。また、マクロファージから放出されるこれ
らの物質は私たちのからだに炎症を起こす物質です。また、マクロファージの形態を観察し、LPSによる突起の短縮と細胞体の面積の増加を尿酸処置が抑制することを報告しました。
IL-10とTGF-β1という別のサイトカイン(免疫反応を抑制するTreg細胞でつくられる物質で液性免疫、細胞性免疫を抑制する)の放出には尿酸の効果はありませんでした。尿酸処
置は尿酸トランスポーターであるURAT1の発現のLPSによる低下を抑制し、細胞内尿酸濃度のLPSによる低下も抑制しました。Glut9およびURAT1の阻害剤であるprobenecid (PBN)
の処置は、LPSに対する尿酸の効果(NO、TNF-α、COX2、IL-1β、iNOSの増加の抑制)を抑制しました。LPS処置したマクロファージの培養液をドーパミン神経(MN9D cells)に加えるとこの
神経の生存率は低下しましたが、尿酸を添加していた培養液では生存率の低下が抑制されました。この神経細胞に直接LPSや尿酸を添加しても生存率に変化はありませんでした。
Baoらはさらに、ラットの脳にLPSを投与してつくられるパーキンソン病モデルに尿酸を与えると前述の培養細胞の結果と同様にマイクログリア(脳のマクロファージ)の活性化
が抑えられ、パーキンソン病の原因とされる脳内のドーパミン神経の細胞死が抑制され、パーキンソン病様の症状が緩和されることを報告しています。
(Bao et al. J Neuroinflammation.15:131,2018.)