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核酸栄養の話

基本的なこと
みなさんは、毎日、食事をすることで栄養を体内に取り入れていますよね。この栄養は、からだをつくるための材料になったり、からだの機能を調節する物質をつくったり、 からだを動かすためのエネルギー源として利用されたりします。この栄養には3大栄養素として、タンパク質、脂肪、炭水化物の3つ、あるいはこれにミネラルとビタミンを 加えた5大栄養素が含まれています。ここでは、新たな栄養素として核酸栄養のお話をしてみたいと思います。
みなさんは、豚、牛、ニワトリのお肉、あるいはお魚、玉ねぎ、にんじん、キャベツなどの野菜を食べていますよね。これらの食材を ちょっと科学的に考えてみたいと思います。これらの食材を顕微鏡観察用の標本にしてのぞいてみましょう。下の写真はお肉の正体である筋肉の顕微鏡写真です。

ピンク色に染まっている領域は筋細胞の細胞質でアクチン、ミオシンといったタンパク質でできている線維の束です。よく見ると、その中に紫色に染まったちょっと細長い 形をした核が見えます。
次の写真は玉ねぎの写真ですが、染色法が異なるので色は違いますが、細胞の中に丸くて赤く染まった核があるのがわかりますか。

細胞についての詳しいことは“細胞の話”を読んでみてください。
私たちが毎日食事でとっている食材は細胞で出来ていて、その中には核があるということがわかりましたか。言い方を変えると、私たちは食事で細胞の核を無意識のうちに 食べているわけですね。この核には遺伝情報をつかさどるDNA (デオキシリボ核酸)が充満しています。さらに細胞質には遺伝情報からタンパク質をつくるために必要なRNA (リボ核酸)も含まれています。すなわち私たちは多かれ少なかれ食事で核酸を食べているということなのです。
それではどのような食品に核酸が多く含まれるとみなさんは思いますか?
こう考えてみましょう。核酸が多いということは核の数が多いということ、核が多いということは細胞の密度が高い(細胞が密集している)ということ。それでは、私たち のからだの中で細胞の密度が高いのはどこでしょう? 次の写真を見てください。先ほどのお肉の写真と同じく紫色の丸い点が細胞の核です。大小さまざまな核が密集して いるのがお判りでしょうか?

この写真は小魚(グッピー)の精巣です。精巣ではたくさんの精子が作られています。詳しいことは生殖器系のところでお話しなければいけませんが、この写真では未熟な細胞 が精子に変わっていく過程がみられています。前の筋肉や玉ねぎの写真に比べて精巣の核の密度がいかに高いかがわかりますよね。 ところで、みなさんは精巣を食べたこと がありますか?精巣といわれるとピンと来ないかもしれませんが、私たちはフグやタラの精巣を白子と言って食べていますよね。それではご飯にかけて食べるニワトリの卵は どうでしょう?卵は1つの細胞です。卵1個に含まる核の数はたったの1個です。卵1個にはたったの1個分の核の核酸しか含まれません。卵は細胞質(黄身)に多くの栄養を蓄 えた1つの細胞なのです。
食物中の核酸は他の栄養素と同様に消化管で消化(吸収されやすいように分解)されます。鎖状のDNAとRNAはヌクレオチドの構造にまで分解され、さらにリン酸が外れてヌク レオシドあるいはリボースが外れた塩基として吸収されます。ヌクレオシドは各組織で再びDNAやRNAの合成のために使われたり、ヌクレオシドの1つアデノシン(DNAの記号A) の構造をもつ様々な補酵素の一部になります。また、アデノシンとグアノシン(DNAの記号G)は様々な生理作用を調節する物質としてはたらいたり、筋肉の運動をはじめとす る様々なからだのはたらきに必要なエネルギーを蓄えるATPやGTPなどの物質になります。ちょっと面倒なDNAやRNAの構造やヌクレオシド、ヌクレオチドなどの詳しいことにつ いては“超基本的なこと”を読んでみてください。
私たちが食事でとった核酸は、やがて分解され排泄されます。ピリミジン塩基を持つチミジン(DNAの記号T)はβ-アミノイソ酪酸という物質になり尿中に排泄され、さらに クエン酸回路で利用可能なスクシニル CoA という物質にもなりえます。ウリジン(RNAの記号U)はβアラニンとなり、さらにマロン酸セミアルデヒドを経てアセチルCoAにも なりえます。このとき下図では省略しましたがアンモニアと二酸化炭素も生じます。プリン塩基をもつアデノシンとグアノシンは共にキサンチンという物質になった後、キサ ンチンオキシダーゼという酵素のはたらきで尿酸となり尿中へ排泄されます。このときアンモニアも生じます(下図では省略)。腎臓で一度原尿(尿の素)として排泄されか けた尿酸の約90%は尿細管から再吸収され血液中に戻ってきます。また、一部の尿酸は消化管に分泌され再度消化管から吸収されます。どうも私たちのからだは簡単に尿酸を 体外に排泄させたくないようですね。

ヒトや霊長類(チンパンジーやゴリラ)ではプリン体(プリン環を基本骨格にもつ物質の総称です。ビールのCMにもこの用語が使われましたよね)の最終的な分解産物として 尿酸を排泄しますが、他の哺乳類、ペットの犬・猫や研究に使われるネズミ、では尿酸をさらにアラントインという物質に分解して排泄しています。
核酸の分解のお話をしたついでに核酸の作り方についてもここでお話したいと思います。核酸はグルタミン、アスパラギン酸とグリシンの3つアミノ酸と葉酸、リボースという 糖から作られます。プリン環をもつものは、リボースにリン酸が1つついたリボース5-リン酸にさらにリン酸が結合した5-ホスホリボシル1-ピロリン酸にグルタミン、グリシン、 葉酸(ホルミルテトラヒドロ葉酸)、グルタミン、二酸化炭素、アスパラギン酸、葉酸(ホルミルテトラヒドロ葉酸)が順次結合することでイノシン酸がつくられます。このイ ノシン酸にアスパラギン酸が結合しアデニル酸が、グルタミンが結合することでグアニル酸がそれぞれつくられます。以上の過程を次の図にまとめてみました。

ここで余談なのですが、みなさんは、3大うま味成分というのを知っていますか? 3つのうま味の素となる物質とはグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸だそうです。実はこのう ちの2つ、イノシン酸とグアニル酸はプリン環をもつ核酸(プリン体)の分解あるいは合成の途中で作られる物質です。前の2つの図をよーく見てもらうとうま味成分を見つけ られますよ。Kaneko先生らのグループは様々な食品100g中に含まれるプリン体(アデニン、グアニン、ヒポキサンチン、キサンチン)の量を測定し発表しているのですが、 だし汁取りに使われるかつお節や干しシイタケはプリン体の含量が非常に多い食品として報告されています。

話は戻って、ピリミジン環をもつ核酸の合成を見てみましょう。先ず、グルタミンと二酸化炭素、ATPのリン酸からカルバモイルリン酸が作られます。これにアスパラギン酸 が結合した後いくつかの反応を経てオロト酸がつくられます。オロト酸に5-ホスホリボシル1-ピロリン酸が結合しウリジル酸がつくられます。ウリジル酸にさらに2つのリン 酸が結合しウリジン三リン酸(UTP)が作られた後グルタミンが結合しシチジン三リン酸(CTP)がつくられます。また、ウリジン二リン酸に葉酸が結合しいくつかの反応後に デオキシチミジル酸(dTMP)がつくられます。チミジン(T)はDNAのみに含まれますが、DNAをつくるヌクレオチドのリボースはすべてデオキシリボースなのでチミジル酸で なくデオキシチミジル酸がつくられます。他のヌクレオチドもDNAがつくられる前にデオキシ化されます(アデニル酸ではデオキシアデニル酸のように)。ちなみにDNAはデ オキシリボ核酸、RNAはリボ核酸の略でしたね。ピリミジン環をもつ核酸がつくられる過程を次の図にまとめてみました。

みなさんは、このように核酸をつくるのは大変な作業だと思いませんでしたか。実は、もう少し簡単に核酸をつくる方法があります。それが食事に含まれる核酸を利用する方法です。
前にもお話したように摂取した核酸は鎖状の構造が消化管での消化によりヌクレオシドや塩基の状態にまで分解されます。このときヌクレオシドのアデノシンはからだに対する作用が 強い物質のため作用のないイノシンに分解されます。核酸はヌクレオシドあるいは塩基(グアニンなど)の状態で消化管から吸収され、門脈(消化管と肝臓をつなぐ経路を血管・静脈を 門脈といいます)を通って肝臓へ行き、そこで再び各種ヌクレオシド(アデノシン、グアノシン、チミジン、シチジン、ウリジン)やヌクレオチドになりDNAやRNAの合成につかわれます。 このような核酸の合成をサルベージ合成(リサイクル合成)といいます。また、前に説明したアミノ酸と葉酸から核酸を合成することをデノボ合成といいます。サルベージ合成法では 核酸の合成がヌクレオシドや塩基からスタートするのでデノボ合成よりも効率がよさそうですね。細胞分裂が盛んな骨髄や感染時の免疫細胞の増殖はサルベージ合成によるそうです。

18,19世紀のヨーロッパでは富裕層の人々がこのように核を比較的多く持っているお肉をたくさん食べることで、血液中の尿酸濃度が上昇して痛風の患者が増加したと言われて います。最近の日本では糖質ダイエットの大流行から毎日お肉しか食べないというヒトも増えているようですが、痛風の患者さんが増えてしまうのでしょうか。
近年の研究では、私たちのからだに悪影響を及ぼす尿酸は、食事により摂取した核酸の分解で生じるのではなく体内の別のルート、特にフルクトース(果糖)の過剰摂取によ り作られることが報告されています。え、糖類の1種のはずのフルクトースがなぜ尿酸に?、と思いませんか? このフルクトースと尿酸の関係についてはどこかでお話した いと思います。また、尿酸は痛風だけでなく高血圧、糖尿病、心筋梗塞のリスクとの関連が報告されていますが、この真偽についてもどこかでお話したいと思います。先ずは 核酸栄養の効果について次回お話したいと思います。尿酸は必ずしも悪者ではないようです。

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参考とした資料
木本英治 著 ヌクレオチドの分子栄養学 開成出版 1997年
Kaneko et al.; Total Purine and Purine Base Content of Common Foodstuffs for Facilitating Nutritional Therapy for Gout and Hyperuricemia. Biol. Pharm. Bull. 37: 709–721, 2014.
二宮くみ子 だしとうま味の食品化学 YAKUGAKU ZASSHI 136:1327―1334,2016. 尿酸と生活習慣病との関連に関する文献:Johnson et al: Potential role of sugar (fructose) in the epidemic of hypertension, obesity and the metabolic syndrome, diabetes, kidney disease, and cardiovascular disease. Am J Clin Nutr 86:899–906, 2007.

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